蒼雪ブレンド -5ページ目

麗子ちゃんとお兄ちゃん その4

「汚い所だけど、どうぞ上がって」

「まあ。本当に小汚い」

……我慢我慢。我慢が肝心だ、私。

「お、那美。もう来たのか」

そう声をかけてきた主は、ソファーに寝そべりながら、借りてきたDVDを観ていた。

「ちょっと。あんまり見っともない格好はやめてよ!」

普段のように猫を被れとまでは言わないけど、だらしない格好もやめて欲しい。

しかも、何で内容が韓国ドラマなのよ……。

「うっせえなぁ。家にいる時ぐらい、気を休ませてくれよ」

「勝手に外で猫被って、気疲れ起こしてるだけでしょ?」

あー。よりにもよって、だらけ状態のお兄ちゃんと麗子ちゃんを会わす事になるなんて……。

「あの、麗子ちゃん。がっかりしたかもしれないけど、あれがうちのお兄ちゃんだから」

視線を向けると、麗子ちゃんは難しい顔をしながらじっとお兄ちゃんを見つめていた。

「麗子ちゃん?」

なんだろ、この反応。

まさか、一目惚れしたなんてオチなんて事はないだろうけど……。

「がっかりは余計だ。君も、こんな妹の相手は大変……うん? どうかしたのか?」

お兄ちゃんの方もわからないらしく、首を傾げている。

この反応からして、二人が知り合いって事もないんだろう。

「似てますわ……」

「似てるって、誰に?」

「前に務めていた若い執事の一人にです。まるで生き写しのよう」

……生き写しって事は、亡くなったんだろうか。

懐かしそうでいて、それでいて悲しそうな表情を見せる麗子ちゃんが、なんだか少し切なかった。

「那美。どういうわけだ?」

事情がさっぱりわからない様子のお兄ちゃんが、私に質問してくる。

「えっと、つまり。麗子ちゃんの家で働いていた人とお兄ちゃんが似ていて、懐かしさを感じて……」

そう、懐かしさを感じて、

「那美。ちょっとその人、借りますから」

「へ?」

麗子ちゃんが携帯で誰かに連絡を取ると、瞬く間に家に黒服スーツの集団が現れ、お兄ちゃんを無理やり抱えると風のように去っていった。その間に、麗子ちゃんもはたと姿を消してしまう。

「えっと……」

展開に、思考が追いつかない。

懐かしさを感じて、それでみんな消えちゃって……。

まあつまり、要はこういう事だ。

「お兄ちゃんが拉致された!?」

麗子ちゃんとお兄ちゃん その3

「…………」

空いた口が塞がらなかった。

待ち合わせの場所に誰もいなかった。ただそれだけなら、こんな反応もしないと思う。

だけど、待ち合わせの相手が空からやって来れば、普通はこんな反応をするとも思うのだ。

「お待たせ、那美」

「な、なんでヘリで……?」

なぜ河川敷が待ち合わせ場所だったのかだけは理解できるけど。

どこぞのIT社長でもあるまいし、自家用ヘリで来るかな、普通。

お嬢様とか、そういう問題でもないでしょ、これ。

「お父様が仕事場に行くついでに送って下さいましたの」

「へえー、そうなんだ」

なるほど。納得……できません。

まあそれはもう、麗子ちゃんだからという事で片付けるとして、

「じゃあ、あのヘリには麗子ちゃんのお父さんが?」

はたしてどんな人物なのか、気にならないと言えば嘘になる。

しかし、

「お父様はここに来るまでに降りられましたが」

「そんな近場なのにヘリ使ってるの!?」

変人だ。金持ちというより、変人だ。

もういいや。理解しようとするだけ無駄なんだろう。

「それで、那美の家はどの辺りですの?」

「川の向こうにある、あの茶色いマンションだけど」

「まあ。あれが家だなんて、那美も裕福でしたのね」

……そんなわけがない。

揚げ足を取ってるつもりはないんだろうけどさ。

「あのマンションの一室だから。一応、賃貸じゃなくて購入してはいるけど……」

それなりの値段はするマンションらしく、買った当初はお父さんが自慢げにしてたっけ。

でも麗子ちゃんの発言を聞けば、きっとへこむだろうな……。

「お金に困っているようなら、多少は援助しますけど」

「ランクが下がりすぎ!」

あれで貧乏生活と言われたら、たまったものじゃない。

そこらの安アパートに住んでる人は、極貧生活ですか。

「わたくし、あれより高いビルを所持していますのよ?」

「はいはい。もうわかったから、さっさと家に行こ」

まともに受け取ると疲れるだけなので、軽く流すに限る。

この調子じゃ、お兄ちゃんとのまともな会話も期待できないだろうな……。


麗子ちゃんとお兄ちゃん その2

「今度の土曜、麗子ちゃんが家に遊びに来るから」

そう話した相手は、すぐにテレビを消し、妙に真剣な顔でこちらに振り返ってくる。

「その子って、あれか。お前がメイドとかいう噂の原因になった子か」

「そうだけど……」

なんでそういう覚え方しかしてくれないかなー、この人は。

というか、自分の妹に変な噂が流れてるんだから、止めようとしてくれてもいいのに。

「ぶっちゃけ、苛められてるのか?」

昨今のニュースの影響をしっかり受けているらしい。

「そうじゃないよ。説明は難しいんだけど、ちゃんとした友達だから」

一応対等であり、一応親交も深いはずだ。

ただ、麗子ちゃんの性格やら容姿やらで、誤解は生まれやすい状況にはあった。

「お兄ちゃん、その日は部活休みでしょ?」

「ああ。別に、家にいられるとまずいなら、友達の家にでも行ってるぞ」

「そうじゃなくて。むしろ家にいて欲しいっていうか……」

「はあ?」

さっぱりわからないといった表情。

勘は鋭くないんだよね、この人。

「麗子ちゃんが興味あるみたいだから、その……」

「今度は俺を執事にするつもりか?」

「そういう興味じゃない……はず、だよ」

恋愛的な興味とも思えないけど、そういった興味でもないだろう。たぶん。

というか、『今度は』って何ですか、『今度は』って。

「私、メイドになってない!」

「でも妹がメイドってなんか自慢できる気がするから、そういう事にしとこうぜ」

「嫌に決まってるでしょ!」

そんな勝手な都合を受け入れられるはずがない。

まったく、どうしてこんな人がもてるんだろう。

みんな、外見や猫被ってる姿で夢を見すぎよ……。

麗子ちゃんとお兄ちゃん その1

衝撃的な事を耳にした。

「え? 楠木さんって、一人っ子じゃなかったの?」

とは、小学校の頃から知り合いだった女の子である。

小学校の時からずっと一年上に同じ楠木という苗字の人がいたというのに、この認知度の低さは何なんだろう。

「那美は一人っ子よ」

「麗子ちゃん。勝手に嘘を答えないで」

知りもしない事を平然と答えてくれる麗子ちゃん。

図々しい……とはちょっと違うかもしれないけど、とにかく迷惑である。

「あら。兄弟がいましたの?」

「いるよ。しかも、うちの学校に通ってるし。楠木渚っていう人だけど、知ってる?」

その言葉に麗子ちゃんは『はて?』といった様子で首を傾げるが、知り合いだった子の方は反応が違った。

「嘘! 渚先輩って、楠木さんのお兄さんだったの!?」

目を大きく見開き、さも意外な事実だと言わんばかりの驚きよう。

楠木なんて苗字の人は他にいないのに、なぜそこまで……。

「そこまで意外かなー……」

「だって、顔の作りが全然違うじゃない!」

……大きなお世話だ。

どーせどーせ、私は普通の顔ですよ。美形の兄に比べれば、月とすっぽんでしょうさ。

「血は繋がっていますの?」

「ちゃんと繋がってるよ!」

失礼な。

橋の下説まで持ち出されるほど否定されることじゃないのに。

「今度紹介して下さいな、那美」

「えー……。まあ、別にいいけど」

お兄ちゃんも麗子ちゃんに興味があるみたいだったし、迷惑がりはしないだろう。

ただ、なーんかヤな予感がするんだよね……。

活動

「何だか報道部も飽きてきたわね」

「……飽きるという以前に、活動してない気もしますけど」

「ミステリー研究部とかにできないかしら」

「部活って、気分で内容をコロコロ変えられるものじゃないと思いますよ」

「だって、報道したいような事件が起きないもの」

「ここの活動って、そういう物だったんですか……」

悪い

「先輩。その指どうしたんですか?」

「ドアで挟んだのよ。悪い?」

「いえ、別に……。先輩も意外とドジなんですね」

「何よ。悪い?」

「ですから、悪くはないですよ」

「せっかくチョークを仕替けてやろうと思ったのに……」

「やっぱり悪いです」

綺麗になりたい

牛乳を良く飲めば、背が伸びるという。

「わたくし、牛乳は嫌いですの」

つまり、それも迷信に過ぎないという事だ。

「背も高いし、スタイルも良いし……」

「そうなのですか? 一般的に、これくらいが普通なのだと思ってましたが」

「そんなレベルの高い普通は嫌だよ」

悪気はないんだろうけど、けっこう酷い事を言っている。

私は普通以下って言いたいんだろうか……。

「那美は素朴な感じがして良いと思いますけど」

「……微妙なフォローありがとう、麗子ちゃん」

地味よりかはいくらかマシな評価だった。

ただ、私も麗子ちゃんのように綺麗と思われたいんだけどな……。

お兄ちゃん

古本君の好みは、私みたいな子らしい。

麗子ちゃんはそれを地味と受け取ったわけだけど、実際はどうなのだろうか。

気になってしまうが、本人に聞くわけにもいかず、参考までにお兄ちゃんに聞いてみる事にした。

「那美のイメージ……? うーんと、メイドかな」

そう来たか。

というか、二年にまでその噂は伝わってたのね……。

「そうじゃなくて。ほら、性格的な部分とか」

「性格的な部分? よくわかんねえけど、別に普通なんじゃないか?」

「普通……ね」

それが地味って事なのかなぁ……。ちょっとショック。

「普段はあまり目立たないし、顔も普通だし」

「余計な事は言わないで」

へーへー、どうせ普通な顔ですよ。

麗子ちゃんのように美人だったら、今まで彼氏の一人ぐらいできてるさ。

「とりあえず、あまり可愛い妹とは言えない」

「そんな言い方しなくてもいいでしょ!」

自分はもてるからって、嫌な人だ。

尋ねる相手を間違えたよ、ほんと……。

予定

「そろそろ彼氏作ろうかな……」

「え!? 好きな人でもできたんですか?」

「ううん、全然」

「じゃあ、誰かに告白されたんですか?」

「ううん、全然」

「……話がよくわからないんですけど」

「彼氏がいても良いかなと考え始めたのよ」

「まるで、その気になればすぐに彼氏ができるみたいな言い方ですね」

「負け犬の遠吠えじゃないわよ!」

「自分からそう言うって事は、しっかり自覚してるんじゃないですか」

利点

「妹が欲しい」

「突然どうしたんですか、先輩」

「姉妹って良いなと思って。いろいろ相談し合えるし」

「でも一人っ子には一人っ子なりの利点があると思いますけど」

「そんなの遺産相続問題だけよ!」

「二時間ドラマの影響を受けすぎです、先輩」