迷走バレンタイン(1)
「なあ、今年のバレンタインはパリの有名店から取り寄せた物にしてくれよ」
などと、うちのお兄ちゃんが戯言を言うような季節がやってきた。もうすぐ二月である。
近所のスーパーやら少し離れたケーキ屋やら手作りやら毎年趣向を変えてみてはいるが、それを渡す相手が毎回お父さんとお兄ちゃんだけという私は、枯れた青春街道をフルスロットルでばく進中だった。
近所にかっこいい幼馴染でもいれば話は変わっていたとは思うけど、近くに住んでいるのは名前を覚えていないような地味な男子だけ。一緒に遊んだ事さえ一度もない。
初恋の相手や憧れの先輩への熱も決まってこの時期には醒めており、あの人はどう思うかしらドキドキといった乙女チックな思考を私が持つことはなかった。きっとバレンティヌスの呪いだ。そうに決まっている。義理チョコさえあげる相手がいないなんて。
ホワイトデーってなんだっけ。あははー。
「那美はいつも寂しいバレンタインデーを送っていたのね」
「…………」
遠慮のない麗子ちゃんの言葉に、世界が真っ暗になった気がした。ビターチョコだらけの世界だったらこんな感じなのかとどうでもいい感想を抱いてしまう。
さて、そういう麗子ちゃんはどうなのだろう。
「わたくしも年頃の女の子ですから、そのような相手もおりますわ」
なるほどー、つまり同い年で相手もいない私はそれほど惨めな存在なわけですね。
麗子ちゃんの言葉は心どころか、心臓から動脈を通して全身へと隅々まで行き渡り、頭ガンガン、手足ブルブル、お腹ギューギューっといった感じで私を苦しめる。これはきっと草津の湯でも治せないだろう。
「でも今は那美もお相手はいるのでしょう?」
「……い、いるよ」
遠い未来ならきっと。
「あら。では寂しさともお別れね」
「そうだね……」
麗子ちゃんの悪意のない(たぶん)笑顔が心に痛い。バファリンの半分が優しさでできているというのなら、私もあれを飲めば心に優しさという癒しを補充できるのだろうか。
その前に、渡す相手をまず見つけないと……。できたら義理じゃない形で。
突然美形の転校生が来たりして、でもって何かお告げを受けた感じで担任が席替えなんかしたりして隣同士という縁を手にし、君の事が気になるなんて過程も無視した急展開が起きたりしないものだろうか。思ってて、そんな事に頼ろうとしている私は相当やばいと悟ってしまう聡明な脳がこんちくしょうだ。
はぁ……。でも本当に何とかしないと。お兄ちゃんにでも上級生の人を紹介してもらおっかな……。